日焼け

 10月が来る。夏が本当に終わる。9月は実態としては日中ほぼ半袖で過ごしていられるような気候でまだまだ夏の色合いが残っていたがそろそろ本当に寒い季節が来てしまう。

 自分はもともと色白なのだがこの夏のあいだに自分としてはかなり日焼けした。その一番の理由は週3回実施しているランニングだと思われる。週3回のうち2回は土日それぞれの日中に(各30分間)走るのでそれを毎週続けるとひと夏で結構焼ける。元来が色白のため冬になるとどうせまた元の色に戻るのだがひとまずはこの夏がんばった勲章としての小麦色が嬉しい。

 健康的に焼けた自分の肌を見て思い出すことがある。自分はかつて色白な肌に極度のコンプレックスを抱いていた。幼少の頃は大嫌いな親戚の紫ババアに会うたび「病弱に見えるからもっと外で遊べ」と罵られたり学生生活においても一様に「甘栗むいちゃいました」みたいな皮膚色の体育会系集団が息まく教室の中で肩幅を狭くして過ごしたりしているうちにコンプレックスは肥大していった。

 自分は大学1年の夏休みにそのコンプレックスをいよいよ行動によって払拭しようとした。毎日正午に差し掛かると実家の一階に降り短パン一枚(その短パンも裾を極限までまくって股の近くまで太腿を露わにする)になって体中に薬局で買ってきたサンオイルを塗った状態で裏庭に出た。そこで全身に太陽の光を浴びて仁王立ちのまま30分~1時間ほど過ごすのだ。これは体力的にはしんどいが最初の数日間は小麦色に焼けた未来の自分を想像してその高揚感で耐え忍ぶことができた。しかし高揚感は長続きしないので数日後にはただ立って過ごすのがきつくなってくる。そこで自分は裏庭に接する和室のテレビの位置を動かして外から見えるようにし毎昼『笑っていいとも!』を見て退屈をしのぎながら体を焼くことにした。時には隣家や裏の家の御婦人が洗濯物を干す際などにベランダへ出たとき鉢合わせすることがありそんなときはたとえその御婦人が普段道で会った場合には快く挨拶する相手であっても自分は決して目を合わせずオイルのせいでやけに艶の良い未熟児みたいな肉体を惜しげもなく晒したままテレビ画面の中のスタジオの奥にある大文字の「笑っていいとも!」の『!』に視線を集中させてそのまま即身仏になるイメージで耐え忍んだ。

 サンオイルの品質が良くなかったのか要因はよく分からないが結局ひと夏を終えても自分の体は赤くヒリヒリ日焼けしただけで大した成果は表れずいよいよ馬鹿らしくなってプロジェクトはその年が最初で最後になった。この春『笑っていいとも!』が最終回を迎えたときにこの事案をふと思い出して懐かしい気持ちになったが今回また夏の終わりにしつこく思い出してしまった。

 あの夏から月日は流れ今では色白であることを誇りにさえ思っている。自分も良い大人となりもはやあの頃のように足りないものを手当たりしだい何でもかんでも追い求めていい時期は過ぎてしまった。求めるものを取捨選択しわずかばかりの矜持を磨いてつまらないコンプレックスなどは未来の自分が笑ってくれるさと胸を張って生きていきたい。