クリス松村

 最近、住んでるマンションのすぐ横のゴミ捨て場で、クリス松村に似ている近所のおじさんが夜な夜な野良猫と会話しながらタッパに入れた自前の猫まんまを与えているので周辺が猫の溜まり場になっている。猫がいること自体は別にいいのだが近辺に糞をされることがあるのでそれはたまらない。先日も朝会社へ行こうと思ったら駐輪場の狭い入口に幻の和菓子みたいな艶々の糞が落ちていて面食らった。出勤前からこんなもの見たくないし、通るのに邪魔だし、何よりこの気候のせいもあってにおいが半端じゃない。しかし誰も糞の掃除なんて自らやろうとはしないし、もちろんクリス松村も掃除しないので糞はほったらかしになる。このマンションは毎週火曜日の早朝に清掃業者の人が来て周辺を掃除してくれるので私を含む住人は誰もがそれを心待ちにした。悪いことに糞が御降誕されたのが水曜日だったので住人たちはほぼ丸々一週間のあいだ我慢を強いられることになった。一日、また一日と耐え、ようやく糞とのお別れが近付いてきた月曜日の朝、私が駐輪場へ行くとなぜか糞が消えていた。いや、消えたのではなく、よく見たら漢方薬みたいに完全な粉末状になった糞がさながら盛り塩のように前日までと同じ場所に存在していた。なんで? うんこが急に粉末になることはありますか? 確かに当初の艶々具合は失われてパリパリに乾燥はしていたものの前日までどう見ても立派なうんこだったものが一晩で茶色い盛り塩に化けるなんて。とても自然現象とは考えられないので誰かが意図的にやったのに違いない。クリス松村か? クリス松村がやったのか? なぜ? 罪滅ぼし? 確かに、いかにも「うんこ然」とした糞が堂々と鎮座しているより粉末状の方が見た目の不潔さはいくらか和らぐが、それでも本質的な解決にはなっていない。当たり前だがどうせやるなら完全に片付けてほしい。私はこの名探偵コナウン(粉ウン)事件を勝手にクリスの仕業ということに決めつけてしまったが、こんなヤバいことをするやつが近隣にクリス以外にもいると思いたくなかったのだ。そして明くる火曜日の朝を迎えた。マンションを出るとすでに清掃業者は掃除を終えて撤退していた。私は意気揚々と駐輪場へ向かう。すると、なんということか、粉末(糞末)が昨日と同じ状態でそのまま残っていた。おそらくであるが、粉末になったせいで清掃業者の人がそれを糞だと気付かず掃除しなかったのだ。私は気が遠くなった。クリスの余計なお世話のせいでこのうんこパウダーは自然風化するまでここに存在し続けることになってしまったのだ。そう考えると腹立たしい限りだが、ここにきて私の頭の中に別の可能性が浮かんできた。私は最初からこの糞を猫の糞だと断定していたが、そもそもこれはクリスの糞だったのではないか。クリスはこの場所で野糞をし、糞を置き去りにしたものの、やはり後日、恥ずかしくなって様子を見に来た。砂でもかけて覆い隠せればよかったのだろうがアスファルトなのでそれもできず、せめてもの策として糞を粉状に砕いて帰ったのかもしれない。そして本日、私が会社から帰って駐輪場へ行くと、めちゃくちゃでかいゴキブリがうんこの粉末を食べていた。