債権回収会社

 今住んでいる部屋で一人暮らしを始めたのが3年前の夏になるが、入居してまもなくの頃に怪しげな債権回収会社とかいう組織からひとことで言うと「早く金を振り込め」と記載されたハガキが届いた。宛名は自分の名前ではなかったのでおそらく前の住人が借金を抱えたまま夜逃げのような形でこの部屋を出たのだろうと想像できた。もう住人が変わっていることをこの債権回収会社とやらに連絡した方がいいのかとも思ったが何となくそのようなうさんくさい会社に連絡を入れるのは気が進まなかったし放っておけばそのうち来なくなるだろうくらいの気持ちで何も対応しないでいた。するとまた一ヶ月もしないうちに同じ内容のハガキが届いた。それ以降も、無視しても無視しても銀之丞くんからの手紙みたいに一定のペースで請求のハガキは届き続けた。やはりどこかのタイミングで連絡を入れた方が良かったのだろうがちょうどそのころ仕事が大変な時期に入っていたこともありそんなハガキなどに気を回している場合ではなかったので自分は何もしなかった。やがて一年ほどが経っても変わらずに請求のハガキは届き続け、自分は「今さら連絡できない」という気持ちに加えて、一年以上も膠着状態なのに「ハガキを送り続ける」というやり方から何も方法を改善しようとしない債権回収会社のずさんな仕事ぶりに腹が立つ面もあり、こうなったらずっと無視を決め込んでやろう、もし今後、この宛名の主がすでにここにはいないことを債権回収会社が知って、「何で連絡しなかったんだ」などという文句を自分に対して言ってこようものなら思いっきり逆切れしてやる、不毛なルーチンワークぶりを批判して "Changes for the Better" の理念を説いてやる、と強く意気込んだ。しばらくまた同じようにハガキが届き続けたのだが、ある日いつもと違ってA4サイズの封筒が届いたので開けてみると「これ以上払わないなら法的措置を云々」みたいなことが書かれた文書が入っていた。こんな脅しでビビるものかと自分のボルテージはさらに上がったが、それ以降、今まで定期的に一枚のハガキが来るだけだったのが一度に三枚の親展封筒が届くようになるなど銀之丞くんからの恋文もどんどんエスカレートしていき、さすがの自分も月のない夜道を歩いているときに雇われスナイパーにこめかみをブチ抜かれやしないか不安になったり、近所のマンションのベランダで主婦が洗濯物叩きの棒を振り上げただけのことを自分に手榴弾を投げつけてきたものと勘違いして「あなやっ」と悲鳴を上げそうになったりした。そんな日々をしばらく送って、ついこの一週間ほど前、債権回収会社から久しぶりにハガキの様式が届いた。読んでみると「○○(前住人の名前)様はこちらの住所に住んでいらっしゃいますでしょうか。下記より選択した上で御返送ください。1.住んでいる 2.住んでいない」という内容だった。こんな適当なやり方でいいのかよと思いながらも、このハガキを返送することをもってようやく請求と襲撃の恐怖から解放されるという安堵感、および長い戦いに勝利した達成感で胸がいっぱいになった。しかしその週は仕事が忙しかったこともありハガキのことはすっかり忘れてしまってようやく思い出したのが今この記事を書いている数時間前。ハガキを持って自転車にまたがり自分は駅前のポストへ向かった。しかしハガキを投函しようとしたその直前、「1.住んでいる 2.住んでいない」のどちらの項目にも丸を付けていないことに気付く。筆記用具を持っていなかったので仕方なく自転車を漕ぎ直して最寄りのコンビニでボールペンを購入し、「2.住んでいない」に丸を付け、再びポストへ向かうため自転車に乗ろうとしたのだが、ここで自転車の鍵が行方不明になった。どのポケットを探っても無い。コンビニ店内へ戻って探してみても無い。もちろん自転車に付けっぱなしなわけでもない(あらかじめ書いておくがこの自転車の鍵の件はこの記事の後半で見つかるとかそういうわけではなくて本当にこれを書いている今も見つかっていないマジ物の迷宮入り神隠しとなってしまった)。どうしようもないのでとりあえず徒歩でポストまで行ってハガキの投函だけは済ませつつ自転車の件の対処法を考えたのだが鍵がどこにもない以上もはや壊すしかなかった。コンビニまで戻ってスマホを取り出し、「自転車の鍵の壊し方」を調べようとしたがちょうど昨日、一昨日にpideo動画サイトで初代ウルトラマンの動画を見漁ったせいで通信規制がかかっておりネットに繋ぐことさえできなかった。やむなく自分は自転車の後輪を持ち上げながらエイコラエイコラと最寄りの自転車屋まで自転車を運び、そこで事情を話して鍵を壊してもらえないかとお願いしたら、吸血植物ケロニア(※)とまったく同じ顔をしたおじさん店員に「そうやって自転車を盗難する人がいるからここで新しい鍵の取り付けを行うという条件でしか壊すことはできません。取り付けには8,000円かかりますが」と本当にこの文言の通り言われた。「取り付けはせずに別売りのチェーン鍵をここで購入するからそれで何卒お願いします」と交渉して何とか承ってもらい、マッド歯医者さんみたいなでっかいペンチで鍵を壊してもらった。代わりに500円のチェーン鍵をその場で買って、疲れ果てたまま近くのラーメン屋でつけ麺を食べ、鍵を壊したての自転車を漕いでようやく家まで着いたときにさっき購入したチェーン鍵をラーメン屋に置き忘れたことに気付き、また自転車を漕いで取りに戻ったら店内に鬱病で一年半休職している職場の先輩がいた。

 

※吸血植物ケロニア

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